校正というものを、「校正刷を原稿と引き合わせて、文字の誤り不備を調べ正すこと」(広辞苑)くらいの知識しかなかった者が、この本を読むと手元にある本一冊の見方が変わります。あらためて本の言葉はもちろん装丁もフォントも見出しもひっくるめて、読者であるわたしたちに伝えるコミュニケーションのすべてであり、それゆえ校正とはそのあり方を対象としているのだ、という重い課題をになっていることを、知らされます。
この本の始めから、校正者のしなければならないことは、上の辞書にあるような「言葉を正す」ことはもちろん、「言葉を整える」ことにこそある、と著者はいいます。この本は、この「言葉を整える」とはどういうことか、そのために校正者はなにを心しなければならないのかについて明らかにしています。これに関連して、わたしが学んだ点をいくつか挙げてみます。
ゲラのなかで、ひとつの言葉が時に漢字に、ときにかたかなで表示されている時、いずれかに統一するのが「言葉を正す」ことですが、「言葉を整える」からみれば、その使い分けの意味を問うことから始めなければならないと、つぎのように言っています。
「言葉が生き生きと、より効果的に相手に届くために、表記や表現を考えたり、文字の組み方・レイアウトも工夫する、内容・情報はなんの変わりはないけれど、そうすることによって、言葉はより”正しく”伝えたいものを相手に届ける力を獲得する。それが、「言葉をエンパワーメントする」校正です。」
この校正のあり方に関連して、本書の面白さは手を使った執筆からキーボード入力への転換について、いくつか重要な指摘をしています。ひとつは執筆者サイドの問題です。それまで、執筆・校正・出版というプロセスであったものが、執筆の時点で無意識のうちに執筆と校正を同時併行におこなった結果であると、錯覚してしまうことです。これを本書は「言葉の客観化」と言っています。おそらく盗作がますます多くなっている昨今の状況は、この指摘のとおりなのでしょう。(数年前に、さる有名国立大学商学部のこれまた名の知れたお二人が盗作らしきこと(出典不開示)を大学から戒告をくらった理由も(ネットで読めます)、この本を読むと分かります。)
もうひとつは、本というかたちへの影響です。かつてわたしなどは、漢字を多用すると「適当に」ひらがなに修正していたのに、本書では近年、ひらがなでなく漢字を使う頻度が多くなったといいます。それは手書きからキー入力による漢字への変換の容易さだけではないようです。
たとえば、PCによる原稿入力がページ感覚を喪失させて、巻紙のような巻子本への移行によるのかもしれませんし、日本の伝統の「右綴じ/明朝体/縦組み」から「左綴じ/ゴシック体/横組み」への大転換の影響かもしれません。そして、これは「魅せるための活字から読むための活字」への転換の兆しでもあると、著者は言っております。このあたりの著者の説明に、わたしなど心ときめきました。
本書でくり返し喚起している問題は、本でつかわれる差別用語への警鐘です。本書で校正のもう一つの仕事は、他の商品と同様に本には品質管理がもとめられなければならないと言っています。というのも、「たとえば、単純な誤字・脱字が信用問題に関わることもあれば、差別表現のために多くの人を傷つけ、とりかえしのつかない被害を与えてします危険もあります。戦時中のジャーナリズムのように、情報の偏りや誤った報道で、個人や社会を混乱させ歴史を狂わせたり、あるいは・・・・プライバシーの侵害や他人の盗用で訴訟になったりという問題」がつねにあるからです。
ここにいたると、鈍感なわたしもやっと「校正のこころ」が「人のこころ」に基づいていること、そしてサブタイトルにある「積極的受け身」の大切さを知りました。
Kindle 価格: | ¥2,372 (税込) |
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校正のこころ 増補改訂第二版: 積極的受け身のすすめ Kindle版
DTPや電子媒体、SNSの普及により、グーテンベルク以来の出版革命期を迎えた現代に、言葉を正し、整えるという校正の仕事はどうあるべきか。誰もが情報発信できる時代にこそ求められる校正の方法論を、古今東西の出版校正史をひもとき、長年の実務経験と共に解き明かす。日々言葉と向き合う出版人へ、そして言葉と本を愛する人へ贈る、技法解説を超えた包括的校正論。激変するデジタル技術や環境に対応した待望の増補改訂版。
- 言語日本語
- 出版社創元社
- 発売日2021/5/20
- ファイルサイズ7455 KB
- 販売: Amazon Services International LLC
- Kindle 電子書籍リーダーFire タブレットKindle 無料読書アプリ
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商品の説明
著者について
大西寿男(おおにし・としお)
1962年、兵庫県神戸市生まれ。岡山大学で考古学を学ぶ。
1988年より、校正者として、河出書房新社、集英社、岩波書店、
メディカ出版、デアゴスティーニ・ジャパンなどの文芸書、人文書を中心に、
実用書や新書から専門書まで幅広く手がける。
また、一人出版社「ぼっと舎」を開設、編集・DTP・手製本など
自由な本づくりに取り組んできた。
企業や大学、カフェなどで校正セミナーやワークショップを担当。
技術だけでなく、校正の考え方や心がまえも教える。
2016年、ことばの寺子屋「かえるの学校」を共同設立。
著書『校正のこころ』(創元社)、『校正のレッスン』(出版メディアパル)、
『セルフパブリッシングのための校正術』(日本独立作家同盟)、
『かえるの校正入門』(かえるの学校)、『これからのメディアをつくる編集デザイン』
(共著、フィルムアート社)ほか。 --このテキストは、絶版本またはこのタイトルには設定されていない版型に関連付けられています。
1962年、兵庫県神戸市生まれ。岡山大学で考古学を学ぶ。
1988年より、校正者として、河出書房新社、集英社、岩波書店、
メディカ出版、デアゴスティーニ・ジャパンなどの文芸書、人文書を中心に、
実用書や新書から専門書まで幅広く手がける。
また、一人出版社「ぼっと舎」を開設、編集・DTP・手製本など
自由な本づくりに取り組んできた。
企業や大学、カフェなどで校正セミナーやワークショップを担当。
技術だけでなく、校正の考え方や心がまえも教える。
2016年、ことばの寺子屋「かえるの学校」を共同設立。
著書『校正のこころ』(創元社)、『校正のレッスン』(出版メディアパル)、
『セルフパブリッシングのための校正術』(日本独立作家同盟)、
『かえるの校正入門』(かえるの学校)、『これからのメディアをつくる編集デザイン』
(共著、フィルムアート社)ほか。 --このテキストは、絶版本またはこのタイトルには設定されていない版型に関連付けられています。
登録情報
- ASIN : B093L1RJ2H
- 出版社 : 創元社 (2021/5/20)
- 発売日 : 2021/5/20
- 言語 : 日本語
- ファイルサイズ : 7455 KB
- Text-to-Speech(テキスト読み上げ機能) : 有効
- X-Ray : 有効にされていません
- Word Wise : 有効にされていません
- 付箋メモ : Kindle Scribeで
- 本の長さ : 229ページ
- Amazon 売れ筋ランキング: - 159,016位Kindleストア (Kindleストアの売れ筋ランキングを見る)
- - 92位出版・自費出版関連書籍
- - 271位日本語の文法・語法
- - 375位論文作法・文章技術
- カスタマーレビュー:
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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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2023年5月4日に日本でレビュー済み
レポート
Amazonで購入
6人のお客様がこれが役に立ったと考えています
役に立った
2021年7月25日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
ソフトカバーにしては値段は安くない本だったが、内容の素晴らしさに大満足!圧倒されました。「言葉」そのものに興味のある人には、絶対おすすめしたい一冊です。校正者として、一本のゲラと対峙する心構え、ゲラと対話しようとする姿勢……。作者の書いた原稿の間違いを正し、整える「校正」という仕事。しかし、何をもって「正しい」というのか、答えは単純ではないのですね。それゆえに、いつも一定の緊張感を保ち、神経と感覚を研ぎ澄ませていなければならない仕事なのでしょう。一流の校正者とは、かくなる思考を持ち、ギリギリまで言葉にこだわり続ける生き物なのか――昔読んだ、辞典編集者の苦闘を描いた三浦しをんさんの小説『舟を編む』を思い出しました。言葉って、いったい何だろう? その深淵を「校正」という「窓」から覗き見る本書は、永遠の謎に近づくための、ひとつのヒントになるかもしれないと感じました。
2023年1月23日に日本でレビュー済み
大西さんの「校正という仕事が楽しいからやっている」
全編を通じてこれが伝わってきます。
私は本が好きなので、執筆から発売、そして書店の話
までが好きです。本書のように校正という仕事に打ち
込んでおられる方の本がおもしろくないはずがないで
す。
行間に流れる出版全体のことがわかるのも、本書の長
所です。とにかく楽しめました。
全編を通じてこれが伝わってきます。
私は本が好きなので、執筆から発売、そして書店の話
までが好きです。本書のように校正という仕事に打ち
込んでおられる方の本がおもしろくないはずがないで
す。
行間に流れる出版全体のことがわかるのも、本書の長
所です。とにかく楽しめました。
2022年1月4日に日本でレビュー済み
小説など文学のジャンルごとに論じる人たちはたくさんいる。しかしジャンルを超えて出版する際に不可欠なのが「校正」だ。
本書は校正の立場で言葉に向き合う著者が、「具体的な校正のノウハウの手前」で考えていることをさらけ出す。
カタチに残るのは赤字でチェックかもしれないが、その過程で行われる思索や揺れがあることに気づかされる。
著者のことばに向き合う熱量に圧倒される一冊だ。
本書は校正の立場で言葉に向き合う著者が、「具体的な校正のノウハウの手前」で考えていることをさらけ出す。
カタチに残るのは赤字でチェックかもしれないが、その過程で行われる思索や揺れがあることに気づかされる。
著者のことばに向き合う熱量に圧倒される一冊だ。